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                                   2011年2月19日 安田忠郎
                   第8回安田塾を終えて 

a0200363_20114924.jpg▲ 1月29日(土)の第8回安田塾・例会では、初めて参加した者が12名を数え、うち5名が「世田谷市民大学」関係者、4名が「武蔵工大」関係者でした。

▲ 例会では最初、私が「日本人は『自己主張』が苦手である!」と題して、午後2時から30分ばかりお話ししました。
 この話のきっかけを作ったのは、『週刊新潮』1月13日号のグラビア「藤原正彦の管見妄語・宣伝下手」という一文でした。そこでは、「世界一宣伝下手な日本は世界一宣伝上手の中国に翻弄され続けている」点が指摘され、直近の尖閣諸島中国漁船衝突事件、また昭和6年の満州事変前後、戦後の東京裁判などの例証が挙げられています。
 中国が「世界一宣伝上手」かどうかはともかく、日本が世界一、英語が下手で自己主張⇒自己宣伝が下手・苦手云々の点は、世界的に周知の事実です。この因って来たる根が歴史的・構造的にきわめて深いことを、私は過日の世田谷市民大学における講義で問題化したところでした。
 今回の私の話では、あくまで現象論的に、特にニューヨークの日常茶飯の光景を見すえながら、欧米人の自己主張の豊かさ・巧みさ・したたかさを描写しました。地下鉄・バス・映画館・劇場・レストラン・バー・路上等々における彼らの立居振舞はもとより、ホームレスや売春婦の生態についても、いかに日本人の場合と異なるかに私の関心が集中しました。
 なお、私は参会者一同に2件の宿題を出しておきました。①古代中華文明をかなり忠実に受け入れた日本人が中国の「宦官(かんがん)」制度を取り入れなかったのは、なぜか?②中国では古くからベッド(寝台)が使われていたのに、もともと―今はともかく―日本家屋にベッドがなかったのは、なぜか?

▲ 次いで、埼玉県熊谷市立大里中学校教頭の丹羽大恭(にわ・ひろやす)さんが約2時間、パワーポイントを使いながら、「ネット時代の落とし穴―子どもたちをネットトラブルから守るには―」と題する講演をしました。
 彼は2006年4月から4年間、埼玉県教育局北部教育事務所指導主事を務めた際、「子どもを取り巻くインターネットの現状」に関する調査研究に励みました。今回の彼の話は、その成果が反映されたものです。

 話の大略は、こうでした。
(1)現代社会は「高度情報通信社会」として、携帯電話―「ケータイ」に進化―やパソコンから、いつでもどこでも気軽にインターネットに接続できる大変便利な社会である。しかし反面、様々なネット犯罪やトラブルが起き、それに子どもたちが巻き込まれるケースが増加するとともに、子どもが被害者だけでなく加害者になるケースも多発している。
(2)実際に身近で起きたネット犯罪・トラブルの代表的な事例は、「出会い系サイト等による性的な被害」、「架空請求やワンクリック詐欺等による金銭被害」、「学校裏サイトやプロフ等によるネットいじめ」、「個人情報の書き込み等による情報流失」である。
(3)子どもに起こりがちな問題として特に、①ケータイ依存症、②高額な料金の請求、③被害者になりがちなネットトラブル(出会い系サイト・架空請求・フィッシング詐欺等)、④加害者にもなりうるネットトラブル(詐欺・チェーンメール・誹謗中傷・なりすまし等)が注目される。
(4)インターネットトラブルの原因となる要素は、a.知識・スキル不足、b.家庭や学校でのコミュニケーション不足に大別できる。したがって、その予防策・対処方法は、a.(知識・スキルの観点から)子どもたちがネット上の情報を見分け、ネット上の自分の行動を律しうる力を持つことであり、 b.(コミュニケーションの観点から)子どもたちが日頃から周囲の保護者や教師、友人などとコミュニケーションを図り、気軽に相談できる関係を築くことである。
(5)要は、情報社会の光と影を正しく理解し、子どもたちが安全に楽しく、良好なコミュニケーションのためにインターネットを利用できる環境を確実に整備することである。

 講演の各論中、私個人が最も興味を持ったのは、「学校裏サイト」の実態でした。
 学校裏サイトとは、学校の公式サイトとは別に立ち上げられたサイトであり、当初は学校行事や定期テストに関する情報交換を目的としたものの、最近では実名を挙げての心ない中傷が飛び交うなど、いじめの温床と目されるサイトです。そこでは、特定の児童生徒がいじめのターゲットにされ、いわれのない誹謗中傷を書き込まれた結果、強いショックを受け、大きな不安感に襲われ、あげくの果てに自殺に追い込まれています。
 
 文部科学省は2008年4月、中高生を対象とした「学校裏サイト」に関する実態調査―「青少年が利用する学校非公式サイト(匿名掲示板)等に関する調査」―の結果を公表しました。
 調査によると、存在が確認された学校裏サイトの数は全国で38260件を数えました。このうち、群馬県・静岡県・兵庫県の3県の2010件について、実際の書き込み内容を分析したところ、「きもい」「うざい」など誹謗中傷の32語が含まれていたサイトは全体の50%、性器の俗称など猥褻な12語が含まれていたサイトは全体の37%、「死ね」「消えろ」「殺す」など暴力を誘発する20語が含まれていたサイトは全体の27%に上りました。

 講演では、「ネットいじめ」への対応策として「情報モラル教育」の必要性が強調されるとともに、「日頃から『言葉』を大切にしましょう。『うざい』『きもい』『むかつく』『死ね』こんな嫌な言葉を学校や家庭から追放しましょう。● 『ありがとう』のあふれる学校や家庭にしましょう。」というスローガンが提起されていました。
 

 私はこの一種の「言葉狩り」について、参会者の注意を促しました。
 認識すべきは、「きもい」「うざい」「むかつく」「死ね」という、言ってはいけない言葉を追放すれば、能事終われりかといえば、決してそうではないという点です。いわゆる差別語(ないし侮蔑語)を使わせないようにしたところで、差別という現実がなくなるわけではありません。肝心なのは、差別を助長する言葉を消すことよりも、差別を押しつける現実自体を改革することにあります。
 私たちは単なる言葉狩りにうつつを抜かせば、必ずや次のような愚行を演じるにいたるでしょう。言葉を追放したり言い換えたりしただけで現実を改革したつもりになること。また、現実を改革することが困難な場合に、せめて言葉だけでも一時しのぎにごまかしてしまうこと。
 しかし、はっきりしている点は、「ネットいじめ」における「いじめ」それ自体が現代日本社会の構造的な問題であり、1970年代後半以降今日まで生起し続けてきた現実の「学校病理」現象にほかならないことです。
 もちろん、当の言葉の機能上、今日の子どもたちの言葉が貧困で、豊かな表現ができない点については注意を傾ける必要があります。
 人は例えば、力強い言葉に励まされ、思慮深い言葉で鍛えられ、瑞々しい言葉で癒される場合があります。一般に豊かな言葉には、豊かなボキャブラリー(語彙)が必要です。けれども、語彙が貧弱であれば、例えば「きもい」「うざい」「むかつく」「死ね」などと、けちな感情丸出しでしか表現できないのは理の当然です。感情をストレートに出すこと自体は時に人間的な価値の一環として評価されはしても、少なくとも「きもい」「うざい」「むかつく」「死ね」といった、対他関係の場面で否定的な条件を背負う言葉を弄してひとり悦に入るのは、とうてい許されません。そこでは最低限、なぜ、どのように「きもい」「うざい」「むかつく」「死ね」なのか、一体どんな印象を焼きつけられたのかを、一歩反省的に掘り下げて表現できる語彙力=人間力の強化が要請されます。
 ただし、言葉に出して表現するという場合、その表現力は必ずしも語彙の量(語彙数)に比例するものではない点が考慮されなければなりません。およそ表現力というものに必須の基本語彙があるとはいえ、表現力を高めるには、何よりも言葉そのものを自家薬籠中の物にする必要があります。これはお気に入りの言葉を区々まちまちに丸暗記するといった作業ではありません。そこでは書き言葉にせよ、話し言葉にせよ、両者の緊張関係のもと、あくまで言葉と価値観がワンセットになった「生きた言葉」として、自分の思想的文脈に沿って自在に使いこなせるようになることが肝要です。

 私たちは肝に銘ずべきです。子どもたちの言葉のあり方が問われるとき、根本的には、保護者や教師など周りの大人たちの言葉自体が問われていることを。 今の大人は果たして、自分自身の言葉を身につけているのでしょうか。子どもの言葉使いにとやかく干渉する前に、大人こそが断片的な知識の寄せ集めではない、自らの血肉として定着した言葉を紡ぐよう率先して力を尽くさなければなりません。大人が範を垂れてこそ、子ども自身の言葉の人間的な成長も促進されることでしょう。