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                                   2010年11月13日 安田忠郎
                     岡倉天心のアジア主義

 既報(安田塾メッセージ№17)のとおり、私は10月17日、天心記念五浦美術館において、東郷登志子さんの講演「岡倉天心『The Book of Tea』のコード」を拝聴しました。
         ↓ 天心の六角堂 
a0200363_22525278.jpg 今回、私が彼女の講演内容から特に印象づけられたことは、❶彼女が英語をさわやかに発音し、流暢に話した点、❷天心が博覧強記の人であり、『茶の本』の執筆に当たって、万巻の読書にもとづく古今東西の思想を縦横に駆使している点でした。
 彼女は❷に関して、「暗示とは何か」→「暗示を言語化するためにとられた方法」→「枠組みに用いられた西洋の古典・文学」を順を追って説明し、天心の類まれな英語に込められた芸術的な意匠を解析しました。
 ここでは、次の点が最終的に確認されました。『茶の本』における「暗示を言語化する」手法はシェイクスピアの「概念のイコン化(イメージ化・言語化)」の強い影響下にあり、そして『茶の本』全体の思想的枠組みは『聖書』(特に『新約聖書』「マタイ伝」)、『老子』、仏教、「進化論」、シェイクスピアの英語(初期→後期の推移)等々によって設定されていること―。
 

 ところで、私はかねてから、岡倉天心(1863~1913)に特別な関心がありました。それは、「社会思想史」を専攻した学生時代をピークとして、以後も時に希薄化しながらも今日まで私の思想世界の底に命脈を保ってきました。その特別な関心は、次の2点に集約されます。
 
 (1)天心は幼少時代から英語を学び、母国語のように使いこなして、アメリカ世論を動かすほどの英語名人であった。彼の英語力と人柄をよく表わす(半ば伝説的な)エピソードがある。
 1904年、彼が弟子の横山大観らを伴って渡米した際のこと。一行が羽織・袴でボストンの街中を闊歩していたところ、アメリカ人の青年数人から冷やかし半分の声をかけられた。

 Which nese are you, Chinese or Japanese?
 「お前たちはどっちのニーズか。チャイニーズか、ジャパニーズか?」
 これに対して彼は、穏やかに、しかし即座に、こう流暢な英語で切り返した。
 We are Japanese gentlemen. But which kee are you, Yankee, Donkey or Monkey?
 「我々は日本の紳士です。ところで、そういうあなたがたこそ、どんなキーですか。ヤンキーですか、ドンキー(驢馬、馬鹿者)ですか、それともモンキーですか?」

 私はニューヨークに滞在するたびに、ニューヨーカーから今までに何度も“Are you a Chinese?”と聞かれたものです。そして、その段になると決まって、私は天心を幾分意識して“I'm a Japanese gentleman.” と応じながら、次に相手に向かって「日本という国がこの地球上の、どこにあるかご存じですか?」と発問しました。ところが残念ながら、コロンビア大学関係者はともかく、ほとんどの一般ニューヨーカーが日本の世界地図上の位置はおろか、日本という国の名称さえ知りませんでした。
 
 (2)彼は近代日本の思想史上、「アジア諸国が連帯し、西洋からアジア(東洋)を防衛することを目指した」思想、すなわち「アジア主義」思想の父と位置づけられている。
  彼の英文著書『The Ideals of the East with special reference to the art of Japan (東洋の理想)』(ロンドンで1903年に刊行)の冒頭の一節は、つとに有名である。          

 ASIA is one. The Himalayas divide, only to accentuate, two mighty civilisations, the
Chinese with its communism of Confucius, and the Indian with its individualism of the
Vedas. But not even the snowy barriers can interrupt for one moment that broad expanse of
love for the Ultimate and Universal, which is the common thought-inheritance of every
Asiatic race, enabling them to produce all the great religions of the world, and distinguishing
them from those maritime peoples of the Mediterranean and the Baltic, who love to dwell on
the Particular, and to search out the means, not the end, of life.

 「アジアは一つである。ヒマラヤ山脈は、二つの強大な文明―孔子の共同主義をもつ中国文明とヴェーダの個人主義をもつインド文明とを、両者をただ強調するだけのものとなって、相分かっている。しかし、この雪を頂く障壁といえども、究極普遍的なものを求める広大無辺な愛を、一瞬たりとも妨げることはできない。そして、この愛こそは、すべてのアジア民族に共通の思想的遣伝であり、彼らをして世界のすべての大宗教を生み出さしめたものであり、また個別的なものに執着して、人生の目的ならぬ手段を探し出すことを好む地中海やバルト海沿岸の諸民族から、彼らを区別するところのものである。」

 『東洋の理想』では、インドの仏教や中国の倫理思想が日本の芸術・文化の歴史に総合されていることが文明史的に論じられ、侵略的な西洋近代文明に対する東洋的理想の復興と日本の使命が説かれる。天心の場合、近代日本を「西洋対日本」という図式で考えるのではなく、あくまでもアジア総体のあり方において日本を把握する。
 その意味で、天心の思想のキーワード「アジアは一つ」(「アジアの一体性」)は、彼の文明論的な認識の象徴にほかならない。しかし後に、時代の緊迫した状況下、この言葉は「アジア主義」の単刀直入な主張として尊重されるようになり、「大東亜共栄圏」を支える政治的なスローガンにもなった。

 私は学生時代この方、大雑把に単純化して言えば、岡倉天心を、アジア主義、つまり「欧米列強の脅威の排除とアジアとの連帯を目指した」興亜論(こうあろん)の思想的文脈に沿って、また福澤諭吉(1835~1901)を、「アジアを脱して欧米にならう」脱亜論(だつあろん)の思想的文脈に沿って、それぞれ読み分けてきました。
 もとより思想と現実とののっぴきならない相克の事態は本来、その種の単純化を許すものではありません。したがって、福澤vs.天心がしょせんは便宜的な分類にすぎないことを承知して言えば、世界における日本の現在は、福澤的脱亜論と天心的興亜論の両者の現代版が目まぐるしく交錯し、せめぎ合う状況下にあります。その意味で、21世紀のグローバル化の時代を迎えた私たち日本人は、今まさに幕末維新期以上の底深い crisis (分岐点=危機)に立たされていると言っても過言ではありません。

 ついでに言えば、「脱亜論」とは、もともと1885(明治18)年3月16日の新聞「時事新報」紙上に掲載された「無署名」の社説を指します。これが1933(昭和8)年に慶應義塾編『続福澤全集〈第2巻〉』(岩波書店)に収録されたため、福澤諭吉が執筆した社説と一般に受け取られるようになりました。
 ここでは、「我日本ノ國土ハ亞細亞ノ東邊ニ在リト雖ドモ其國民ノ精神ハ既ニ亞細亞ノ固陋ヲ脫シテ西洋ノ文明ニ移リタリ」→「然ルニ爰ニ不幸ナルハ近隣ニ國アリ一ヲ支那ト云ヒ一ヲ朝鮮ト云フ」→「惡友ヲ親シム者ハ共ニ惡名ヲ免カル可ラズ」→「我ハ心ニ於テ亞細亞東方ノ惡友ヲ謝絶スルモノナリ」と主張され、日本国はアジア諸国との連帯は考えずに西洋近代文明を積極的に摂取し、西洋列強と同様の道を選択すべきだと結論づけられます。

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