安田塾メッセージ№8     【第6回安田塾のセッティング】

 皆様へ
                                   2010年2月17日 安田忠郎
                第6回安田塾―「明智憲三郎」講演会

 来る第6回安田塾の例会を、「明智憲三郎」講演会としてセッティングいたします。

◆ 私は昨年10月27日、ある慶應義塾関係者の集い(銀座BRB)に出席しました。そこで明智憲三郎(あけち・けんざぶろう)さんが自著『本能寺の変 四二七年目の真実』(2009年3月刊、プレジデント社)について講演しました。
 彼はかの明智光秀の末裔です。「本能寺の変」に続く「山崎の合戦」の後、明智残党狩りの手を逃れた、光秀の側室の子、於寉丸(おづるまる)の血筋を引いています。講演では実証的・説得的に、「本能寺の変」の錯綜する謎が解かれ、事の真相が明かされました。

 私たち日本人は、小学校以来、学校教育をとおして日本の歴史に関するウサンクサイ話をゴマント教わってきました。問題の「本能寺の変」などは、その最たるものでしょう。
 私自身、高校生の時分から、そのウサンクササに気づき、折に触れて各種文献に当たり、実態調査に乗り出したものです。また2000年2月に、私はコロンビア大学東アジア研究所で関係者30人ばかりを前にして、「日本及び日本人とは何か」のテーマのもと、具体例として645年「大化の改新」、1582年「本能寺の変」などを問題化し、歴史をウソで塗りつぶす事態を見極めたものでした。

 
 明智さんの前掲書は現在、「第4刷」を発売中、大きな反響を呼びつつあります。
 私は同書を読了して数々の意外な事実を知らされました。同書は私の「本能寺の変」に関する知見の、まさに盲点を衝くものでした。そこに展開された、地道な証拠探しと理詰めの推理の積み重ねにもとづく「歴史捜査」は、称賛に値するものです。
 彼は同書のプロローグを、「四百年以上にわたって伝えられてきた歴史を書き変えるという、これから先も続く壮大な取り組みにご支援を賜れれば幸いに存じます。」と結んでいます。彼の並々ならぬ執念・気魄に、私はただ脱帽するほかありません。

 
 明智さんは、慶應義塾の普通部→高等部→大学工学部→大学院工学研究科修士課程を経て、三菱電機に入社、そして現在(株)第一情報システムズ常務取締役を務めています。
 私は10月27日当日、彼と初めてお会いしました。私の慶應義塾大学院時代の学友で、第3回安田塾にご出席の池田光さんがご紹介の労を取ってくれたものです。明智さんと池田さんは、同じ慶應義塾普通部で席を並べた同級生でした。
 その際の話し合いで、私は彼と、来年の7月ごろに、「歴史とは何か」を考えるために「本能寺の変」に関してご講演いただく旨の約束を交わしました。



◆ 第6回安田塾に対して、常連メンバーはもとより、これまで欠席を余儀なくされた地方在住の者、昨年のBRB講演会の好機を逸した慶應義塾関係者、そして私の友人知人は、大きな関心を寄せています。
 そこで第6回安田塾の例会は「明智憲三郎」講演会(14:00~17:00)、例会終了後は「明智憲三郎を囲む」懇親会(17:30~19:30)を催します。
 会場と会費については、当方が参加者の概数をつかんだ段階で、その規模に応じて決定いたします。ただし可能な限り、例会費は1000円、懇親会費は5000円以内にとどめるよう努力するつもりです。
 関係者の皆様のご出欠のほどは、いかがなものでしょうか。

◆ 第6回安田塾の開催日を、7月24日(土)か31日(土)かどちらにするかは、特に「小・中・高」教師の夏期休暇を視野に入れての話です。
 私は先日、武蔵工大教職課程修了者で地方在住(山形県・群馬県・静岡県・愛知県・鹿児島県)の5人の学校教師と、数年ぶりに直接お電話で言葉を交わしました。彼らとの話し合いで、私が気づかされたのは、可能ならば安田塾に年に1度は、特に「夏休み」を利用して出席したい旨の要望でした。
 皆様にとって、7月24日か31日かの場合、ご都合のほどはいかがでしょうか。

◆ 安田塾としては、3月末までに第6回の日時・会場・会費を決定し、そして7月初めに、当該講演会・懇親会に皆様を正式にご案内いたします。
by tadyas2011 | 2010-02-17 00:00 | 安田塾の案内 | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : http://yasudajuku.exblog.jp/tb/12023784
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。